2010年1月14日 (木)

帰国のチケット

フィリピン・エアラインのオフィスで、帰国チケットをとってきた。

2009年2月26日 14時55分

1年間有効のオープンチケット。期限内、一度限りならいつでも帰ることができる。なんとなく、2月末か3月頭には帰るつもりだった。でもあらためて今日、日にちを決め、活字がプリントされたチケットを手にした。
航空会社のオフィスはきれいで、外国人がたくさんいる。わたしがいつもいる、農民キャンプとは別世界、日本にいるような気分になる。同じ国なのに、ふしぎだ。

あ、あたしもうすぐ家に帰るんだ。フィリピンを離れるのか。
4月から通っている、男女2つの子ども施設と、最近の活動の中心になっている農民団体。ここだと思える場所や人にはじゅうぶんに出会えた。関係をあとどれくらい、築けるか。どう区切ろうか。限られた時間を前に焦りたくなってしまう。


寮に居るよりも、過ごす時間の長いキャンプに戻る。もうあと、一ヶ月しかないよーって、そこにいた友だちにこぼしてみた。70歳くらい、仲よしのエスメラルド父さん(通称タタイ・エスメン)は、
「あと、一ヶ月もあるじゃん!」明るく笑いとばしてくれた。

「も、ある」と思った方が人生楽しい。
あせっても仕方ない。その通りだよな。やっぱりすごいよ、ここの人たち。

さぁ、あと44日。わたしは、この44の日々をどう使おうか。

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2010年1月 5日 (火)

まっしろ画用紙のわくわくを

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じょうずでしょ?子どもという、天才画伯の作品です。




はじめて、おみやげを持参しました。それは「お絵かき帳」。

いつもポケットにおしこんでは、山でも畑でもどこでも持ち歩いて、くしゃくしゃ、びりびりになっていた相棒のお絵かき帳は旅の荷物、最小限記録にもエントリー。「ハンカチ・点鼻薬・リップクリーム・歯ブラシ・日記帳・鉛筆・お絵かき帳」と、気がついたときには必需品でした。

「絵をかく」という行為は農村では珍しいようで、子どもも大人も私の描いているようすをいつも覗き込んできます。いくら汚くても、鉛筆の線だけでも、これ「○○でしょ?」と、絵に描いてあるものをあてようとしてくる。楽しそうに、ページをめくって眺めてくれます。

なぜなら、彼らの生活スタイルで、紙類が生き残るのは相当困難だから。それもそのはず、この地域の家庭には、平らな机もなければ土の床で、下に落ちたものは泥だらけ。汚れたりぬれたり、破れたり、弱い紙はすぐゴミくずになってしまいます。本や絵本はもちろん、新聞さえ買う余裕や習慣はないし。幸い子どもが学校で使う教科書は、ビニル袋に入って、天井の隙間に保護されていました。
たいせつなものは身につけてしまう。保存や管理の難しいものを繰り返し使うよりかは、安い消耗品を使い捨てるという、生活様式。
食べ物は、食べきらなければ動物か、アリ(最強敵)にすぐ奪われました。

でも、わたしのまねをしてか、線の入ったノートに鉛筆で絵を描きだした子どもを見ました。
わたしだって今でも感じる、新しいノートや画用紙をひらくときのうれしさ。緊張。
外でどろんこになって遊ぶのもいいけど。たまには静かに、見たものや、頭に思い描いたものを紙に描くことも楽しいはずです。
まっしろい紙に、自由に絵をかかせてあげたくなりました。

家の外でも、塀や庇の下、平らな部分を見つけては、ほぼ腹ばいになって。しっかり鉛筆をにぎって、真剣にお絵かき。びっくりするぼど、上手。そしてティーンエイジャーのお兄ちゃんたちも、ちびっことおなじ遊びははずかしいはずだけど。まんざらでもないみたい!よかった、この贈り物は正解だったよ。えんぴつと白い紙とクレヨンと。やっぱり子どもに必需品だな、って。うれしそうな顔と、普段とはちがう遊びに熱中する、すがたをみて思った。

・・・

でも、今回の「モノをあげる」行為に関しては、とても悩みました。
そりゃもちろん、めずらしいものを見せたり、あげたりしたら子どもが喜ぶのはあたりまえ。「わ~っ」といわせ、心をつかむことができる。よく、カメラを向けたらみんな寄ってきて、言葉が通じなくても、その場を沸かせることができたという話もきく。
それもいいかもしれない。でも、私はじぶんの身ひとつで、「ダメなところ」を見せながら・・・それは、特に大人たちのなかに「日本イコールマシーン、ハイテク生活をおくる国」という、強い固定観念があったから。農村の泥くさい生活を試みるわたしは、よく「お前の国じゃこんなことしないだろ?」といわれた。悔しくて、極力彼らとおなじ生活を試み、お金も使わないようにしてきた。
どこまで「おなじ目線」での交流できるか、に執着してきたのだと思う。だからここへきて、なんだか妥協に走ってしまう気がして。。けれど、もう十分関係を築いたうえだから、と意を決しての行動にでたのです。

もうひとつの悩みは、とにかく子どもの数が多いこと・・・「配る」んじゃなくて、ちゃんと1対1で向き合って、プレゼントとしてあげたかった。でも想定外の子がいあわせた場合、かわいそうな気もする。だから、いつ渡すかタイミングも大問題。兄弟関係も、19歳や乳児にあげるわけにもいかず。。
きりがないから、ある程度対象者をあらかじめきめて、いっこいっこ宛名をかいて。準備した約20冊。
マニラで買った、わたしの愛用とおなじ、10ペソお絵かき帳。「バナナキュー」という、揚げバナナの串刺しおやつと同じ値段で買えることも、教えたかった。


もともと、クリスマス~年末(ほぼ一続きの行事とされています)には、フィリピンでは子どもは大人からプレゼントまたはお小遣いを「歌を唄ってねだり、もらう」習慣があるらしく。
キャロリングのように、親戚のもと回るらしい。
ごく自然に、親たちからも「あら、ありがと~よかったわね~」
と流してもらえました。贈ってから、歌のプレゼントをいただきました。
逆だ、けどそっちでよかった・・・。

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