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2009年7月 5日 (日)

ききたかったこと。

「どうして、わたしを受け入れてくれたのですか。」

やっと、帰ってきたアテ・ヴァンジーとやっとやっと話ができた。

聞かなくては。聞きたくて、ききたくて仕方なかったこと。

・・・

部屋で、も~いや。

って泣いた。外で、近所の酔っ払ったおばさんの勢いで、また泣いてしまった。

人前で涙を流してしまったのは、フィリピンへきて初めて。あ~失敗した・・・

もう、我慢の限界でした。

「金持ちなんだろう」

「仕事を紹介してくれ」

「私たちはこんなに大変なの」

「あなたたち日本人はいいわよね」

「日本の農業はマシーンでこんなに苦労はないだろう」

みんな、大人はどいつもこいつもこればかり。

そう思われていることは知っていたし、事実そうだし。

そうだよね、そうだよね。っていつも話しは聴いてきた。思ってきたことを、初めて目の前にした「日本人」の私に思いの丈をぶつけたいことは分かる。私も覚悟はしてきたし、自分はそれらの声を聴くことが一つの目標だとも思ってきた。「比べれば」確かにそう。

でも同時に、日本にいる、私が出会ってきた大切な人たちの顔が浮かぶ。

水俣で、「もうだれも傷つけたくない」と農薬を使わず、水俣病と、事実を消そうとする政府と戦いながら、大切にみかんを育てる人々。

就職活動に励む友だち。高校をでて働く友だち。そして、いつも私のために一生懸命働いてくれている両親。

日本はそりゃ、フィリピンに比べればモノやお金の量は「豊か」かもしれない。でも、しあわせ。って心から言える人、どのくらいいるだろう。

だれ一人として、そんな楽して生活している人いない。みんな自分の場所で必死に生きているんでしょ?って繰り返し、いつも「日本はいいよね」話をききながら思った。

「でもね。」私も、つたないながら自分の話をしようとする。

誰もききやしない!言いたいことだけ言い切ったら、気持ちよさそうに帰っていく!

あたしがバカンスでここにいる?誰がこんな汚くて貧しいとこにわざわざ休みにくるかって!!

よく「バカンスでここにきている」と思われているらしく。それが悔しくて悔しくて。仕事に連れて行ってもらえない日は、近所の草をむしっていた。「自分の仕事」以外はしない、「無駄なこと」はしないこのコミュニティの人々。「私はバカンスにきたんじゃない、ここの生活を学びにきたんだから、私は私の仕事をする」って半ばやけになり。人が休んでいようが、昼寝時間だろうが、草をむしってみんながしたポイ捨てのゴミを拾ったりしていた。「行動で示すしかない」ほんと、やけになってた。

・・・

昼間から、なぜだか酔っ払ったおばさん。がーっと。またあれ。

もういや。我慢ができなくなった。勢いで、その場で泣泣泣・・・

おばさん。自分の話に感動したと思っていやがる。くそーくそー

こりゃもうだめだわ、と力も抜けた。

・・・

なぜだか、泣きはらした私をすっきりさせようとしたのか?その場に来たおじさん・おばさん’sが河にいこうと誘い出す。(たぶんみんな酔ってる)も~河でもなんでもいい、泳いでやるとそのままついていこうとしたけど。

さっきから、心配そうにやりとりを聞いていた子どもたちが「だめー」「いかないで」って。

気持ちリセットするしかない、と半ば本気で泳ぎたくなっていた私。「今度いっしょにいこうね。」って冗談だと思ったし、彼ら酔っ払い’s(ぜんぜん、信頼はおける人たちではあるのです)について歩き出したけれど。あまりに、止めようとしてくれた彼ら。

はっとした。今日まで、最初からあたしの味方でいてくれた子どもたち。楽しいことは、彼らとしなくちゃ。と思い直して戻った。行かなくて、よかった。本当にほんとうに、彼らに何度自分は助けられているんだろう。

・・・

ここから早く、出たい。

初めてそう思ってしまった今日。

仕事を終え、やっと帰ってきたアテ・ヴァンジー。家族も私以上に、彼女の帰りを待ちわびているわけだから。やっとやっと、夜になって話をする時間ができた。

心から、ききたい、きかなくてはと思っていた疑問。

「どうして、私を受け入れてくれたのですか。」

「私も外国へ行ったことがあるの。その時、言葉も何もわからない自分を、人々はごはんも移動も、全て面倒をみてくれて、とてもうれしかったの。だから、もし自分の国に誰か外国からのお客さんがきたときには、自分もそうしてあげようと思ったの。」

彼女の答えはいたってシンプルだった。

単純。だけど、なかなかできないこと。

以前、日本に来たことがあると聞いたことがあった。NGOが関係する会議みたいのが日本であったらしい。開催国がいろいろ面倒をみることが当たり前だろうし、日本という先進国の人からみれば、フィリピンをはじめアジアの国々からの出席者の費用を全負担することは当然なことが予測できる。

でも彼女は、それを「あたりまえ」として受け取らず。きちんと感謝の気持ちとして胸に刻み、そしてこんなまったく関係のない、どこのどいつとも分からぬ小娘へとその優しさを分けてくれたのだった。

やっぱり、すごいよこの人。そして、すこし安心した。わたし、

「居てもいいんだ。」

でも居るからには、ここでできること、自分がやるべきことを全うしよう。そして日本で伝えよう。元気がでた。でも、心配なのがお金の問題。

アテ・ヴァンジーは「Saveしておきなさい」

だって。どうせみんなと同じものしかだしてあげられないし、気にしなくていいのよ。それより、大切にして、自分の勉強をちゃんと終わらせなさい。って。

こっちでは、「大学にいける」ってすごいこと。そして入って、ちゃんと卒業することも。でも、でも・・・っていろいろ考えた。

決めた。

彼らへの負担を最小限に抑えることを心がけたうえで、この際もう100%お世話になってしまおう。

もし、これが例えば一定の代金を払って受けられるプログラムだとしたら。私、自分が受けた相手への敬意、感謝の気持ち、こんなに感じられないだろう。一生、胸に刻んでおこうと思った。そして、他の人に分けてあげられるように、なりたい。彼女のように。

申しわけない。居づらい。は、変わらない。痛いし辛い。

でもいつか、本当に役に立つ人間になるには必要な傷だ。証だ。傷だらけに、まっくろになってこよう。ここの人たちみたいに。心に決めた。

【6月7日 フィリピン滞在68日め、イモック村滞在7日め】

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6月は農民になる-イモック村滞在記」カテゴリの記事

コメント

いきなり首なし猫かい?!
う~ん、かなりだね…
土にまみれる前に、土に還っちゃいそうだヮ~

写真、いいね。円いフレームが不思議な懐かしさ感じさせる。

投稿: shizu | 2009年7月 6日 (月) 19時10分

ひどいんです、みんな。
わたしがネコでひーひー泣いたのを、真似して笑うの。

こんなに恐ろしい想いをしたってのに。。。
ちなみに子食いネコ現場は二回目撃しました・・・

投稿: せん | 2009年7月14日 (火) 09時11分

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