« 「なにもしない」をする | トップページ | 100%フィリピン »

2009年9月23日 (水)

のんびりホルナラン

Dscf1086_6

まだ夜明け前、おとなりさんの家の前から朝焼けをみるのがすきだった。

裏のナス畑へお母さんとお兄さんの収穫お手伝いへついていった以外は、家と家のまわりを子どもとうろちょろ。

隣のペッチャイ畑(若い白菜の葉)に、街で野菜をうるバイヤーたちが自ら収穫をしにきていた。




今日もの~んびり。そうだよね、アテ・セシル。家に帰っているんだもん。
ゆっくりしたいよね。

彼女はまだUNORKA5ヶ月、それ前は日本の会社で働いていたらしい。でも給料がよくなかったと言っていた。
クヤ・ジュンや、アテ・ヴァンジーとはすこしNGOにいる意味が。ちがうのかもしれないな。

昨日は雨でずっと家の中にいたから。手伝いができるでもなく、シャイな家族となかなか近づけないけど・・・
必要以上に突っ込んでこないし、あたしも大人数を相手に力をいれようとも思えなかった。

でも、英語をつかって話をしてくれたり、お皿のごはんつぶをきれいに食べるようになってたり。高校生のお兄ちゃんがお皿を流しまで運んでくれたり。
あたしの行動をみていてくれているのがわかる。
お皿洗いを手伝ったら。お姉さんが
「助かったわ」って。いってくれた。

Dscf1085_2

真ん中がレンで、左が妹のマクシン。
4歳の彼女はすごい、言葉の吸収時期らしく。
お兄ちゃんやお母さんたちの言葉をきいては、一生懸命真似して口に出す姿。

あ、あたしもきっと、あの子のように、今まで耳できいて、理解する言葉を頭の中で貯めて、ためて。
すこしずつ口にだして、それを繰り返して繰り返して、という子どものように言葉を浴びて、習得しているのだな。と気がついた。

・・・

今日まで、いろんな家庭にお邪魔して、いろんな家族の形をみてきた。
私はほんの、二日でまた次の地へ行く。別の家族に会う。
どこへ行っても歓迎してくれて。大切に“VISITOR”として扱ってくれる。
でもわたし、かわりにみんなを喜ばせるとか、楽しませる、とかひとりじゃできない。

泊まり歩くだけだけど、移動して、その家いえに自分を順応させることでいっぱいいっぱいになってしまう。

家庭ごとに微妙にちがう経済状況。
この家では水浴びさせてもらってもいいかな。ここの家での洗濯はやめておこう。
ここの家の水は気をつけた方がいいかもしれない。

でも、誰もがわたしに興味をもってくれて。来た事をよろこんでくれて。
しあわせだ。
ぜったいに、忘れちゃいけないね。この気持ち。

子どもたち、私がいつもスケッチブックを持ち歩いているの真似して。
街で白いお絵かき帳を買ってもらってきていた。


仲のいい、居心地のいい家族だったな。
3日め、出発の朝は末っ子ジョナサン(13)のたんじょうび。
家族みんなが、まだ寝ている彼の周りを囲んで、歌いながら起こしてた。



耕作用のバカ(牛)の車にのせてもらったよ。
雲がながれるのをみていた。きれい。
嵐のすぎさったあとの、ほんとに気持ちのよい、日でした。

Dscf1089_4

|

« 「なにもしない」をする | トップページ | 100%フィリピン »

6月は農民になる―農村泊まり歩記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: のんびりホルナラン:

« 「なにもしない」をする | トップページ | 100%フィリピン »