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2009年9月12日 (土)

ナナイ・イワイのおうち @カビテ州アドラス村

ナナイ・イワイ(イワイお母さん)のおうち。カビテ州アドラスという村にきている。

土地を争っている農民たち、というくらいだから畑もあるのかと思っていたけど。
もう随分前から耕作はあきらめて、工場や海外への出稼ぎに頼っている人たちらしい。
普通に、家が立ち並ぶ集落だった。
クヤ・ジュンたちの川沿いのスクウォッターとはちがう。

もう子どもたちは大きくなっているから、旦那さんとふたりで住んでいる。
でも娘・息子夫婦の家も近所にあり、一つの家とは別玄関でつながっていたのがフィリピンらしいところ。
突然のおかしな客人に、ナナイ・イワイの孫たちは大はしゃぎ!?でうれしい歓迎なのだけれど・・・

連日の猫アレルギーによる鼻水大量・寝不足で体調不良、の私はイマイチ力が入らない。
到着早々、昼寝をさせてもらった。

夜、日本に会社の研修で数ヶ月滞在したことがあるという、娘さんに会った。

必ずどこか新しい場所へ行くと、こういう
「日本にいったことがある」「日本語がしゃべれる」
という人たちを知り合いだ、娘の婿だ、なんだといって探し出し?てきてくれるフィリピンの人々。

正直、戸惑う。なぜなら他の人たちのように“憧れ”ではない、本当の日本を知っていると思うと、少しこわくなるからだ。

でもこの女性は、幸い純粋に「企業研修」を受けていたようだった。
同僚たちと楽しそうな寮での生活、休暇にディズニーランドや、温泉に旅行にいった写真を見せてくれた。
「この日本人のボスがカッコよくてね~」
懐かしそうに、当時の恋心も語ってくれた。

すこし、安心。。。

現在は彼女の夫はアラブ方面へ出稼ぎにいっているらしい。彼女もまた、海外へ働きにいきたいといっていた。

・・・・

【6月20日 2日にちめ】

・・・ここ数日、やはりお腹の調子がわるい。
普通にみなさんといっしょの時間に起きて、子どもたちが学校へいくのを見送った。
ふっと一息、、
情けないが、またベッドに入らせてもらうことに。

起きたら、NGOメンバーたちに集まってもらい話を聞きましょう、とのこと。

昼前の遅い午前。うとうと目が覚めた頃、家の表の方から人の話し声が聞こえた。

「韓国人だって?」
「研究者らしいわよ」
「コンピューターを抱えてきているのかしら」
「★○×※・・・」

なんだか、あることないこと、あきらかに私に対する噂話、が聞こえる・・・
ナナイ・イワイが呼んで集まってくれた、メンバーの方たちらしい。

わ~そんなんじゃないよう。。でていきにくい。。。

すみませんね~ご想像とちがって。な、
紙と鉛筆のみ、若干体調不良、寝起きでよれよれした残念な感じ、のただの小娘はおそるおそる外へでていきました。

「・・・・。」
さっきまでの言いたい放題はぴたりと静かに。

メンバーというか、ナナイ・イワイの井戸端会議仲間っぽいナナイ達が6人くらい集まって、丸くなって座って私を待っていてくれた。
さすがリーダー、ナナイ・イワイは強気にさくさくと、英語を交えてどうしたらよいかもじもじしている、私のかわりに話をききだしてくれる。

といっても、聞き取れたのはやはり、
仕事がない、生活が苦しいという悩み。
もうすぐ土地所有権に関する裁判をひかえているということ。
大変、どうしたらいいの、という苦難の顔。

と思ったら、いつのまにか、
賭けにタバコ、ビンゴやポーカーの話になっていた・・・


・・・

ランチはお隣の、一人暮らしだというおばあさま、アテ・ハニィの家へインバイトしていただく。
驚いた。ちいさな家だけど、ひとしきり冷蔵庫に台所用具、食器棚やテーブル、イスまでそろっている。
海外に出稼ぎをしている、息子さんが買ってくれたそうだ。

でも、一人はやっぱりなんだか、さみしそうだったな。



【6月21日 3日め】


シャキシャキリーダーのナナイ・イワイは、家ではやさしいおばあちゃん。
昼間は働いている娘・息子たちの代わりに孫たちの面倒をみる。
おもらしした末っ子の、おしりペンペンもしてた。

Text(携帯メールみたいなやつ)が好きだといって、こんなふうに送るのとまだよく使いこなせない私に

Kumusta ka na?⇒ Muzta?     (お元気ですか?のタガログ語)

若者顔負けの省略メールの打ち方を、教えてくれた。おちゃめ・・・


・・・

クヤ・ジュンが約束どおり、迎えにきてくれた。

二晩お世話になった、御礼をいい。次の目的地へと出発する。
「Textしなさいよ、日本に帰る前にまた寄りなさい。」とナナイ・イワイ。
まだ熟していない、立派なパパイヤをおみやげに持たせてくれた。


のんびりと、過ごさせてもらったナナイ・イワイ家。
かなりいきなり、行き場のなくなったらしい私を受け入れてくれて、本当に感謝でした。

おかげさまで、お腹も体調も回復。
数多すぎて、あまり子どもたちと遊べなかったのが残念だけど。
深刻な状況だといいながらも、歌い話し、明るくくらす人々にたくさん出会えた。


でも、農業100%で暮らすイモック村の人々の生活と比べると・・・
明らかに、農業ができず、他の仕事に携わっている人々の生活水準のほうが上なきがしてならない。

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