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2009年9月10日 (木)

素顔

6月、私はマニラ南隣の州、ラグナ州イモック村に農民NGOを通じて滞在している。
最初の一週間は必死に、新しい環境での生活に慣れること、自分を現地の人々に認めてもらおうと、子どもの後ろにくっついて動き回ることで精一杯。農業を営み、生計を立てることの厳しさを目の当たりにした。

2週目に初めて、農民NGOの活動である、デモ行進に参加して下院議院前に座り込む。
少しずつ、人々との距離も縮まり、フィリピンペースにもなれて力を抜いて過ごすことができるようになった。

3週目、農村から首都マニラへ行商にいくジープに、パイナップルに埋もれながら同行する。イモック村以外の、農民NGOメンバーの地域を渡りあるくことになっている。

・・・

「クヤ(お兄さん)ジュンが連れて行ってくれるから。」
「??」
「あのバクラね」

イモック村の私のホストでもあり、NGOにも受け入れてくれた、リーダーのアテ・ヴァンジーはこういって微笑んだ。
今回も彼女に同行するのかと思いきや、彼女は明日からジャカルタへミーティングのためにたつらしい。

クヤ・ジュンは
くりくりのパーマがかかったような、ロングヘア。いつもポニーテールかお団子にきれいにまとめている。首にはストールを巻いていて(この暑いフィリピンでも)おしゃれ。ひと目みれば、誰もが
「バクラ!」
と思うだろう。バクラ、日本語でいえば「オカマ」というところでしょうか。
服装も髪型以外は男だけれど、なんとなく、笑ったりはしゃぐ姿が「ぽいな・・・」とは思っていた。

彼とバスターミナルに向かう途中。「買うものがある」といってスーパーSMに入った。
缶の粉ミルクと着るものを買いたいらしい。「僕のベイビー」のため、連発する彼に、私は品定めを手伝いながら、

「バクラでも、奥さんも子どももいるんだ。」疑うことなく思った。

これから、彼の故郷カビテ州に連れていってもらう。NGOが協力して、裁判で争っているという地域はやはりマニラより少し南で、ラグナ州の隣でもある。彼の実家に連れて行ってくれるらしい。移動中のバスの中、
「息子と奥さんにあえるんだ~うれしい^^」
といった私に彼は、
自分は独身で、ベイビーは兄弟の子だといった。
でも両親はいないから、自分が親代わりなのだと。
ごくふつうに、話をしてくれた。

クヤ・ジュンの家は、川沿いを下ったところにある、木でできた家、というより小屋だった。年老いた両親が、ベイビーと一緒に待っていた。昼食をだしていただき、水道はなく水亀からすくった水。

この地域一帯はすでにディベロッパーの手にあって。家を建てることも禁止されているので仕方なく、川沿いに掘っ立て小屋のような家を立てて人々は暮らしているらしい。
はじめてみた、マニラ以外での「スクウォッター(不法占拠)」住宅。

近所の家を訪れると、仕事のない人々は集まって談話に花を咲かせていた。クヤ・ジュンの姉だという女性にもあった。いきなりの訪問者に驚きながらも、コップいっぱいのオレンジジュースを出してくれた。

やっぱり、全く英語は通じない人々。でもクヤ・ジュンが居てくれるから、ある程度私の素性、ここへ来た理由について説明してくれる。初期イモックの人々のような目ではみられない。でも、何も言えない自分に悔しくて仕方がなかった。
せめても、と、この頃していた自己紹介は

アコ ポ シ リエコ。ハポネサ アコ。

私はリエコです、日本人です。これを繰り返してた。。。

・・・

今日は私、どこで泊まらせてもらうんだろう。そう思っていたところへ、クヤ・ジュンは出発しようと言った。
彼の家では私を寝かせることはできない、というらしいので、どこか他へ行くらしい。

次に訪ねた私を泊めてくれるらしきお宅、ずっと携帯で連絡をとっているらしかったのだけど、なんだか上手くいかない様子。。。
なにやら玄関先で一通りはなした後、
「行こう。」
引き返した。

あれ、あたし、、、行くところなくなっちゃったみたい。。。

しかしクヤ・ジュンは、次の目的地へと進む。

またちがう集落の、着いたお宅。「若いおばあさん」が迎えてくれた。
のでは明らかになく。驚いて、でも事情をきいて
「いいわ。」と私を泊めることを受け入れてくれたようだった。

そして、クヤ・ジュンは仕事があるから、マニラに戻るのだと言った。

マニラまで、バスで2時間と安くはない交通費。
正直、不安だけどただ、ひたすらクヤ・ジュンにありがとうをいって。

・・・

なんだろう。今まで、NGOのスタッフとして、親切にしてもらっていたけど。彼の家を訪れて、家庭の事情とか、抱えている問題とかを知って。正直、「オカマの人・・・」というフィルターもあったに違いない。
でも、彼は、日本だったら人には言わないだろう、隠してしまうだろうそういった部分を、外国人の、それもまだ知り合って間もない私にも見せてくれた。分けてくれたとも言えるだろうか、その彼の心の広さをすごいと思った。
ものすごく、彼が私に家族を紹介してくれたこと、家へ連れて行ってくれたことが嬉しかった。
そして、彼のちょっとオカマっぽい仕草やしゃべり方、だからこそ一緒になってキャーキャーいえることを楽しいと感じて。。。
今まで持っていたバクラ(オカマ)と呼ばれる人たちに対する偏見なるものが、なくなった気もした。
もしかして、かなりすてきな人たちなのかも、なんてね。

当事者もそうだけど。スタッフもみんな、いろいろな想いがあってこの仕事をしているのだろうな。



素顔をみせること。私にはまだまだ、自分から知り合って間もない人にみせることはできない。でも相手に自分を理解してもらうには。また、相手を理解するためには。素顔で接することの大切さを学んだ気がした。
なぜって?もう私自身、気付いたら彼を信頼し、尊敬してた。

・・・

また2日後に迎えにくるよと行って発った、彼を見送った。

正直不安。。
さあ。これからどうするわたし。

6月19日 カビテ州一日め

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