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2009年9月30日 (水)

ビサヤ人とわたし

タガイタイ観光をし、次の村までまたレイさんのトライシクルで送ってもらった。

ホルナランとも、同じ町にあるバラグバグアラウ村は、もっともっと、もっと緑が多かった。

なだらかな山道だが、ひたすら日が照りつける。
車の通れない道を、ひたすら歩く。

次にお世話になる家のお父さんが、近所のお宅でテレビをみながら待っててくれた。
「近所」なはずだけど、距離は全く近所じゃない。。。

お父さんのタタイ・ヴィクトールは10人子どもがいる。
でもそのうち6人は、もう結婚しておうちをでていた。
最近結婚したらしい、息子夫婦の写真が家の壁にかざってあった。

年頃今ドキ兄ちゃん2人と、男勝りと末っ子やんちゃ娘、の2人がいる、シャイ家族。
すごくすごく、私の訪問に対して、家族皆が戸惑っているのがわかった。

そんななかで、就学前の末っ子娘が私を指差し

「この人が、ビサヤ人??」

一同「!!!!!?」

ビサヤとは、フィリピン諸島を大きく3つに分けたうち(ルソン・ビサヤ・ミンダナオ地方)
の一つ。実際、話されている言葉もちがうし、文化もちがったりする、らしい。
でも一応フィリピンの一部だし、フィリピン人にとっては同士だ。

でも、就学前の子どもにとっては
「自分たちとちがう人=ビサヤ人」なのかー。

日本だろうがアメリカだろうがロシアだろうが、インドネシアだろうが彼女にとっては同じで。
「自分とちがう」の人は、同じ国の中にいる、どこかで聞いたことのあった「ビサヤ人」と一緒なことを知った。「外国」という概念がない、その子どもの発想に驚いた。
面白かったし、新鮮だった。

あたしがビサヤ人か。笑

水道も、電気もない地域。
夕方、水牛にタンクを積んで、お兄ちゃんが川へ水を汲みに行った。
まだ明るいうちに夕食を済ませ、夜はろうそくの明かりで日記を書いた。

あたしより、一緒にきてくれたセシルが、直射日光の下歩きや水道のない生活に苦心してた。
「なんで水道ひかないの~??」「村で申請運動すればいいじゃない。うちもそうやったのよ。」
そう提案するセシルに、

なんだか、よく似ている情景だと思った。

とりあえず、秀でていると自負している側の者が、その立ち居地から
自分たちの生活水準まで、相手を引き上げよう、引き上げることをよしとする、構図。
あたしも前は、それに異存はなかったと思う。

でも今は、なんだか違和感を感じてしまう。
完全に、相手の側にたって生活してみた結果の今。

同じ国の中でも、格差というか、そういう関係がある現実なのだな。

携帯をしきりにいじっていて、私にかまってくれない兄ちゃんたち。
電気もないテレビもない、の世界で携帯は、友だちと「つながる」ことのできる、
フィリピン人にとって夢のよう、魔法のような道具なのだと感じた。

【6月25日 86日め @ラグナ州 カランバ市 バラグバグアラウ 】

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