« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »

2010年1月

2010年1月29日 (金)

少年とギター 

Dscf1062_2

Paragos ni Edgarのメンバー★

今回の旅の初日はここ、ラグナ州カラワン町サント・トーマス村の村祭り「フィエスタ」にやってきた。友だちから、バンドで歌うから見に来て!とさそわれたのだ。

マイ・ギターやドラムを少年たちが持っているの?バンドって、でもどうやって成り立っているの?練習しているの?とっても不思議だった。
フィエスタ前日にサント・トーマス村についた私は、友だちのジェフ君と、そのバンド仲間、15~18歳の4人組、サントトーマス村ボーイズのバンド練習に同行することに。隣村にあるスタジオを、一時間借りていて、リハーサルをするらしい。

サント・トーマス村は山のふもとにある。隣村との境目、畑に囲まれた、一軒家のようなちいさなスタジオがあった。ギター、ベース、ドラム、マイクなど音響設備は整っている。狭いので、私は部屋の外、ガラス窓から中をのぞいて見学することに。スタジオ周辺には、さっきまで借りていた隣町の別のバンドとその取り巻きの女の子たちが。・・・お互い意識しあっているのか、ちょっと緊張した雰囲気。彼らも明日、サント・トーマス村フィエスタで演奏するらしい。

「あなたは誰のクラッシュ??」
ふいに、声をかけられる。女の子3人組グループ。どうやら、さっきのバンドのファンだか、友だちだか。“お目当て”の男の子をみにやってきているらしい。今度は練習中の、サント・トーマス村バンドを指差しては、ベースの子がかっこいい!と、きゃぴきゃぴ。
わたし 「別に、そういう訳では・・・^^;」

“クラッシュ”とは、一目ぼれ相手とか、すきな人、とにかく気になる異性(同性)をあらわす言葉。英語では「片思いの相手」だけど、別にひとりではなくてもいいみたい。どこの村へいっても、クラッシュは少女たちの話題で。ガラス窓から覗き込んでいる、わたしもその類と見られたよう。。否定したのが伝わったのか、ないのか・・・話しているうちに、中の練習中バンドの演奏に負けないくらい、大騒ぎおのしゃべりタイム!になってしまった~ いつのまに、前のバンドメンバーも混じって・・・きゃぴきゃぴみんな若い若い。

「若者の夢を応援!!」
正確には忘れたけれど、そんな言葉の書いてあるポスターがスタジオ内に貼ってあった。

フィリピン人は音楽がだいすき。ギターを弾ける人の多さ、その上手さには、びっくりする。古いふるい、弦もさびてて音もずれているけど、おじいさんもお父さんお母さんも弾いてきた、ギター。娘や息子も、興味をもち、練習するようになる。ギターがない家でも、教会のギターで、暇さえあれば、やってきては一人で練習。
そうやって皆、ギターの技術を身につける。
家にCDやプレーヤーなんてなくても、トリセツ本なんてなくても、習わずとも。音楽を楽しむ方法はいくらでもある。

あ、でも最近はテレビがある家増えてきたから、DVDプレーヤーで聴いている家もあった!違法だろうけど流通してる、手作りコピーCDのね。

演奏の練習だけではなくて、音楽を通しての若者同士交流の場。
スーパーや病院、郵便局、図書館・・・?
なくたって、「若者の夢応援」音楽スタジオ!
すごく賛成。よくぞ、作ってくれた!

年頃の男女に混じってひとり、じっと演奏を聴いている10歳くらいの男の子が。
この子も数年後には、ここで演奏するのかな。

・・・

フィエスタ当日。
フィリピンでは一年に一度、各村ごとお祭りをひらく。お祭りの期間中は、多くの家庭がご馳走を用意し、他地域に住む親戚友だちを招待しては一日中、飲めや歌えや踊れの騒ぎ。前日の朝から家族総出で、家の中でも外でも(部屋が料理でいっぱいになってしまうからね)みんなが準備に忙しい。大量に野菜を刻んで、米を炊く。デザートの準備もあって、部屋の隅、氷で冷やされている。
ぽつりぽつり、親戚や友人などお客さんが訪ねてきては、話をしたり準備に参加したり。
村の広場には、照明つきの特設ステージが。高校の文化祭のような、ちいさなステージだけど、夜になるとライトアップされたダンスホールに!

夜、演奏本番。
我らサント・トーマス村ボーイズバンドは3曲。友だち兄弟家族いとこ、みんな応援にきて!村中も大いに盛り上がり~
なんだか、彼ら村のヒーローたちと、友だちになれてわたしも鼻高々でした♪

彼らのコピーナンバーをここに紹介。フィリピンポップ、なかなかすきかも!!
「Nakapagtataka」Sponge Cola

「Your Song」Parokya ni edgar
このバンドをもじって、「パラゴス 二 エドガー」がバンド名。
(パラゴスとは、土を耕すため牛にひかせる車のこと。農家のせがれたちならでは。)

少年たちよ大志を抱け!

・・・

2008年1月28日 307にちめ、のあと30日

ラグナ州カラワン町サント・トーマス村

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年1月26日 (火)

「ありがとう」を伝える旅

メモには、

・行き先
・ジープの乗り場
・ジープを降りる目印
・電話番号

をしっかり書いてある。

「パキ イババ ポ アコ サ~」
わたしを~で降ろしてください。

必要となるであろう、タガログ語も口になじむまで。繰り返しておいた。
田舎のドライバーは、人々は、優しいからきっとだいじょうぶ。

ずっと、前からきめていた。帰る前には、
「ありがとう」を伝える旅に出る。



6月と10月、農民NGOに身をあずけ、10以上の地域と家庭を渡り歩いた。
フィリピン農民のやり方、フィリピン農民の時間での旅はもんんのすごく面白かった・・・。
けど、スケジュールはあってないようなもの、時間がかかりすぎる。外国人の私を気遣い、常に誰かが、私についていてくれるのは嬉しいし、安心だったけど。時間が限られているし、手間もお金も相手に迷惑をかけたくないと、今回はひとりで動く旅を決めていた。

初めて生のフィリピン生活を教えてくれた農村の人々。マニラのキャンプで、農民運動でできた友だちに、もう一度会って伝えたい。自分で立てたスケジュール、自分の足で会いに行く。
わたし帰るよ、でもまたくるからね。と、
ありがとう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月14日 (木)

帰国のチケット

フィリピン・エアラインのオフィスで、帰国チケットをとってきた。

2009年2月26日 14時55分

1年間有効のオープンチケット。期限内、一度限りならいつでも帰ることができる。なんとなく、2月末か3月頭には帰るつもりだった。でもあらためて今日、日にちを決め、活字がプリントされたチケットを手にした。
航空会社のオフィスはきれいで、外国人がたくさんいる。わたしがいつもいる、農民キャンプとは別世界、日本にいるような気分になる。同じ国なのに、ふしぎだ。

あ、あたしもうすぐ家に帰るんだ。フィリピンを離れるのか。
4月から通っている、男女2つの子ども施設と、最近の活動の中心になっている農民団体。ここだと思える場所や人にはじゅうぶんに出会えた。関係をあとどれくらい、築けるか。どう区切ろうか。限られた時間を前に焦りたくなってしまう。


寮に居るよりも、過ごす時間の長いキャンプに戻る。もうあと、一ヶ月しかないよーって、そこにいた友だちにこぼしてみた。70歳くらい、仲よしのエスメラルド父さん(通称タタイ・エスメン)は、
「あと、一ヶ月もあるじゃん!」明るく笑いとばしてくれた。

「も、ある」と思った方が人生楽しい。
あせっても仕方ない。その通りだよな。やっぱりすごいよ、ここの人たち。

さぁ、あと44日。わたしは、この44の日々をどう使おうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月 5日 (火)

まっしろ画用紙のわくわくを

201001050947000_4

201001050947001

じょうずでしょ?子どもという、天才画伯の作品です。




はじめて、おみやげを持参しました。それは「お絵かき帳」。

いつもポケットにおしこんでは、山でも畑でもどこでも持ち歩いて、くしゃくしゃ、びりびりになっていた相棒のお絵かき帳は旅の荷物、最小限記録にもエントリー。「ハンカチ・点鼻薬・リップクリーム・歯ブラシ・日記帳・鉛筆・お絵かき帳」と、気がついたときには必需品でした。

「絵をかく」という行為は農村では珍しいようで、子どもも大人も私の描いているようすをいつも覗き込んできます。いくら汚くても、鉛筆の線だけでも、これ「○○でしょ?」と、絵に描いてあるものをあてようとしてくる。楽しそうに、ページをめくって眺めてくれます。

なぜなら、彼らの生活スタイルで、紙類が生き残るのは相当困難だから。それもそのはず、この地域の家庭には、平らな机もなければ土の床で、下に落ちたものは泥だらけ。汚れたりぬれたり、破れたり、弱い紙はすぐゴミくずになってしまいます。本や絵本はもちろん、新聞さえ買う余裕や習慣はないし。幸い子どもが学校で使う教科書は、ビニル袋に入って、天井の隙間に保護されていました。
たいせつなものは身につけてしまう。保存や管理の難しいものを繰り返し使うよりかは、安い消耗品を使い捨てるという、生活様式。
食べ物は、食べきらなければ動物か、アリ(最強敵)にすぐ奪われました。

でも、わたしのまねをしてか、線の入ったノートに鉛筆で絵を描きだした子どもを見ました。
わたしだって今でも感じる、新しいノートや画用紙をひらくときのうれしさ。緊張。
外でどろんこになって遊ぶのもいいけど。たまには静かに、見たものや、頭に思い描いたものを紙に描くことも楽しいはずです。
まっしろい紙に、自由に絵をかかせてあげたくなりました。

家の外でも、塀や庇の下、平らな部分を見つけては、ほぼ腹ばいになって。しっかり鉛筆をにぎって、真剣にお絵かき。びっくりするぼど、上手。そしてティーンエイジャーのお兄ちゃんたちも、ちびっことおなじ遊びははずかしいはずだけど。まんざらでもないみたい!よかった、この贈り物は正解だったよ。えんぴつと白い紙とクレヨンと。やっぱり子どもに必需品だな、って。うれしそうな顔と、普段とはちがう遊びに熱中する、すがたをみて思った。

・・・

でも、今回の「モノをあげる」行為に関しては、とても悩みました。
そりゃもちろん、めずらしいものを見せたり、あげたりしたら子どもが喜ぶのはあたりまえ。「わ~っ」といわせ、心をつかむことができる。よく、カメラを向けたらみんな寄ってきて、言葉が通じなくても、その場を沸かせることができたという話もきく。
それもいいかもしれない。でも、私はじぶんの身ひとつで、「ダメなところ」を見せながら・・・それは、特に大人たちのなかに「日本イコールマシーン、ハイテク生活をおくる国」という、強い固定観念があったから。農村の泥くさい生活を試みるわたしは、よく「お前の国じゃこんなことしないだろ?」といわれた。悔しくて、極力彼らとおなじ生活を試み、お金も使わないようにしてきた。
どこまで「おなじ目線」での交流できるか、に執着してきたのだと思う。だからここへきて、なんだか妥協に走ってしまう気がして。。けれど、もう十分関係を築いたうえだから、と意を決しての行動にでたのです。

もうひとつの悩みは、とにかく子どもの数が多いこと・・・「配る」んじゃなくて、ちゃんと1対1で向き合って、プレゼントとしてあげたかった。でも想定外の子がいあわせた場合、かわいそうな気もする。だから、いつ渡すかタイミングも大問題。兄弟関係も、19歳や乳児にあげるわけにもいかず。。
きりがないから、ある程度対象者をあらかじめきめて、いっこいっこ宛名をかいて。準備した約20冊。
マニラで買った、わたしの愛用とおなじ、10ペソお絵かき帳。「バナナキュー」という、揚げバナナの串刺しおやつと同じ値段で買えることも、教えたかった。


もともと、クリスマス~年末(ほぼ一続きの行事とされています)には、フィリピンでは子どもは大人からプレゼントまたはお小遣いを「歌を唄ってねだり、もらう」習慣があるらしく。
キャロリングのように、親戚のもと回るらしい。
ごく自然に、親たちからも「あら、ありがと~よかったわね~」
と流してもらえました。贈ってから、歌のプレゼントをいただきました。
逆だ、けどそっちでよかった・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年1月 1日 (金)

新年のごあいさつ

2010

あけましておめでとうございます。


みんなほんの子どもだけど・・・フィリピンではわたしの、
お兄ちゃん・お姉ちゃん
先生
親友
たちです。
いちばんの笑顔を
新年のごあいさつにかえて。

Photo

これが、ベストショット。

彼らに恥ずかしくないように。
これからも、日本でしっかり
足ふみしめて。考えながら。きちんと生活しながら。
生きていく。

まさか、ふたたび寅年がめぐってくるとは思ってませんでした、12年前のわたし。。

年女だって!なんだかうれしい^^
すてきな寅年年賀状がいっぱい。わたしのも、あります。↓

http://hello.ap.teacup.com/minegishijuku/

とびっきりの一年になりますように。
ことしもどうぞ、よろしくお願いいたします。

続きを読む "新年のごあいさつ"

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »