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2010年2月 6日 (土)

マハダ村 女は強し

2月5,6,7日  ラグナ州 マハダ村①

Dscf1097

マハダ村の女性パワーはすごい。いつも井戸端会議に噂話。マニラで運動がある日も、誰がいくかいかないか話し合って(半分はおしつけあい笑)わたしの滞在も、目の前でものすごい相談して。。。10月、もう最初は圧倒されっぱなしだった。こっそり、おとなしい男衆に「ここの女の人たちは元気ね~」と皮肉もこめて、こぼしてみたら。

「男が怠け者だから・・・」だってさ。

・・・

ほんと、わたしの旅は毎回、おもしろいほどスムーズに!問題なくすすんでいった。
道行く人の親切、待っていてくれる人たちの心遣いのおかげ。

マハダ村へ入る、ジープ乗り場。約束どおり、ガソリンスタンドのペトロンで、ドライバーのクヤ・アンドレスが待っていてくれた。タバコをくわえ、車体に腰掛けて。

「あら、元気だった?」
乗客席から、この前10月に泊めてもらったお宅の、ナナイ・イマイがにゅっと顔を出す。
田舎のジープは、乗客がいっぱいになってから発車する。買い物だったり、それぞれ街で用事を済ませてきた乗客たちが、ぽつりぽつりと乗ってきた。時刻表なんてない、いつ出発するのかもわからない、この不確定さ、時間のゆるさ。慣れてしまった今は、心地よい。

しかし、わたしは普通にこの村に入ることはできない。ガードマンが見張っている、手前のお宅にまずは降ろされた。お昼ごはんをいただきながら、しばらくそこで待っていると・・・再び迎えに来てくれた、アンドレスが道を脇に、導いてくれた。背丈以上もある、草むら
というか草原を、鎌でかき分けながら進む。途中で方向がわからなくなり!?(村の中なのに・・・)農作業していたおじさんに案内されて、無事どこかのお宅の裏の畑に到着した。

すぐ、家の中に入れてもらって・・・そこで、また今度は暗くなるまで待機。
わたしが到着したことをきいて、村の友人たちが次々と会いに来てくれた。明るいうちは動いてはダメと、言われているわたしにバナナやカイミートを持って、まるで、お見舞いみたいに。入院患者のような気分のわたし。

暗くなってやっと、またナナイ・イマイのおうちにいけた。ほんの数十メートル、目と鼻の距離だけど、常に銃を持ったガードマンが見張ってうろうろしているマハダ村。10月、普通にすごしていたら名前をきかれ、そんなことになるとは知らず受け答えていたら・・・あれよあれよという間に、スパイ疑惑?らしきものをかけられていたらしい。危ないから、来てはだめだと少し前までは言われていた。
でも、この村の人たちとはいつもマニラで運動のとき会っていて、仲良しだったから。
最後の旅で立ち寄らない訳にはいかなかったのだ。
みんなの協力で、シンニュウ成功☆

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